2017年12月25日

情報リテラシ教育15年目の冬に思うこと

2年ぶりにブログを投稿します。ログインできてよかった…とはいえ、パスワードはリセットしましたが(苦笑)。
(プロフィール欄とかがめちゃめちゃですw)

この投稿記事は、『「子供/保護者/学校」×「情報リテラシー」 Advent Calendar 2017』の12/24の投稿記事です。
https://adventar.org/calendars/2402#list-2017-12-23
12/23は竹内義博氏の『とうちゃんによる情報リテラシー』でした。
とうちゃんときたので、竹内先生に対抗してリアルカーチャンな記事(J( 'ー`)し)を書こうかと思いましたが、すでにカーチャンの記事はほかの方が書いていらっしゃるので、自分の仕事の話を中心にすることにします。

2002年に大学院の博士後期課程を満期退学し、群馬県内の短期大学に常勤かつ専任の講師職として赴任してから現在に至るまでの約15年間(育児休業を除く)、ずっと続けていることがあります。
それは、大学生に『情報処理機器の利用方法と情報活用能力を向上させるための科目』を教えることです。
もちろん、それ以外にも様々な科目やゼミナール・卒業研究論文指導なども行っていますけれども、就職してから一貫して科目名こそ違えど情報処理機器の利用方法と情報活用能力を向上させるための科目を教え続けてきました。これは、今回のアドベントカレンダーでいう『情報リテラシー』能力を向上させるための科目でもあります。ですから、私は15年間『情報リテラシー』を大学生に教え続けてきた、ということになるわけです。

しかも、なぜか今まで教えてきた学生の大半が女子であったりします。(女子短大・女子大であったり、女子の比率が8:2であったりするケースが多く、非常勤先を除くと教えてきた学生の9割が女子です。)女子大・女子短大の大学教員の女性比率は他の大学に比べたら圧倒的に高いのですが、それでも情報系科目はそれほど多くはありません。ですので、わたしはよく学生たちから「情報の先生が女性だというのは意外な気がした」と言われることも多いのです。
そしてもう一つこの15年間の中で共通するのが、情報工学等を専攻としていない学生に教えてきたということです。前職は人文・社会科学系(国際文化・キャリアデザイン)、現職は教職課程(保育幼児教育・初等教育)と違いますが、いずれも情報の分野に強い興味関心を持っているわけではない学生が大半でした。口では「パソコンやインターネットが使えないと就職に困るから」とはいうものの、それを積極的に学びたいわけではなくいろいろな事情で“仕方なく学ぶ”という学生が大半であったということも共通しています。

情報リテラシーは、どこの大学でもおおよそ『アカデミックスキル』に該当する科目でもあるため、だいたいはこの科目を履修するのは大学1年生の前期に集中します。したがって、履修者の大半が18歳で高等学校を卒業してきたばかりの学生、ということになります。ですから、この科目を教えるにあたって必ず配慮しなければならないのが“高等学校で学生たちが何を学んできたか”という点です。
今回は、わたしがずっと教えてきたこの科目を15年間振り返って、昔と今で何が変わって何が変わらないのかを少し考えてみたいと思います。昔の講義シラバスなどを振り返ったりしていたため、この投稿が少し遅れました。ごめんなさい…。

2002年に赴任した当初は、高等学校でPCを触る機会は学校の学科によるところが大きく、入学時点でのPC操作スキルは格差が大きかったと記憶しています。
商業科高校出身の学生は、検定試験など多数受けていることもあり、入学時点ですでに文字入力や大学内の他の科目で求められそうなWord/Excelを用いたレポート作成のための操作スキルはほぼ身に着けていました。商業科の情報処理系コース出身者だとプログラミング(当時はCOBOLが多かったけどVBAも増えてきていた)も経験していたりすることが多く、情報機器の操作ではTA状態でほかの学生のサポートに回っている学生も多かったかなと。実はこの状況は、15年たってもあまり変動していないです。プログラミングの言語は変動がありますが、基本的に商業科出身者は文科系大学で入学時点で必要とされる情報処理機器の操作はマスターしている、といえます。
ですが、それ以外の学生が全く異なるわけです。当時、自宅でのパソコン保有率も高くなく(現在は自分専用・家族兼用を合わせると9割を超える)、パソコンは触ったことがないという学生も多かった。ローマ字による文字入力も全く追いつかない、そういう学生も多くいた。だから、どうしても“とにかくパソコンの文字入力からまずは始める”という形でゆっくりゆっくりとスタートし、WordやExcelといった他の科目でも必要なレポートの作成をしつつ、なんとかインターネットや普通の文献の検索・参照の仕方を教え、最後に情報モラル教育を行って仕上げる…というかたちでカリキュラムを組んでいました。計算機の構造とか、2進数などの情報理論的なものはもうさらっと流す程度で、PC操作スキルの向上にとにかく時間を割く、そんな感じ…これでだいたい1年間、2コマ分のカリキュラム構成です。

高等学校で教科『情報』が必修化され、情報A、情報B、情報Cという三つの科目のどれか一つを履修している生徒が入学してくる時期に、この情報リテラシ科目のそれまでの在り方を変更しました。
2006年のことです。
2004年に所属学科が国際文化学科からキャリアデザイン学科へ改組転換し、内部のカリキュラムを大幅に見直すという状況でもあったので見直した次第なのですが。
この時導入したのが次の[1]〜[3]でした。
 [1]入学時点でのタイピング速度/Word・Excelの操作スキルを見極める一斉テストの実施
    →入学時点でのPC操作スキルの定量的把握を行う
 [2]PC操作スキルを学内検定制にし、科目履修の条件とする
    →卒業時までに最低限のPC操作スキルを全員が習得することを保証する制度の導入
 [3]情報処理に必要な理論や概念を身に着けさせる必修科目の設置
    →情報リテラシ科目として機器操作に重点を置きすぎず、総合的な情報活用能力の学修につなげる

この三つの制度は、大学を代わっても現在でもその大学に応じた形で実は継続しています。
ただ、[3]については現職では教職課程であるということもあり情報機器操作に重点を置きつつ教職として必要な内容を含める形で展開しているけれども。

話を2006年当時に戻しますね。

2006年にこれを実施して、前職のようにIT系のサポート職員が一人もいない状況下ではかなりしんどかった記憶はあるけれども、入学時点でのPC操作スキルを定量把握できる点はかなりその後のカリキュラム構成・シラバス形成に役立ったわけです。直接比較は(大学を変わっていることもあって)できないけれども、都合10年分ぐらいのデータが手元にあるわけで、かなりこのデータは面白い傾向を示しています。
高等科での教科『情報』必修化についてはいろいろな先生方が論文発表されており、その課題についてとにかく注目されがちです。情報教科が必修化されたのに未履修だったとかいう問題も…ありましたねw。情報A(当時)や社会と情報(現在)の履修者が圧倒的に多いとか、教科免許の問題とか、教室管理の問題とか…そんな感じのところも。私も苦労しているからよくわかるけれども機器操作を伴う情報教育を実施していくための環境整備・教材研究は他の科目よりも正直しんどいんですよ。予算も時間も取られる割に、他者からは「パソコン教えてるオネエサン(現在ではオバサン)」扱いしかされないから。口では「パソコンは大事ですからね、これからの時代」といいつつも態度で軽んじられていることを前職では何度も経験しました(幸い、現職ではあまり経験がないんですけども)。
ああ、話がずれちゃった…元に戻そう。

私が自分が得られている学生のデータや接した経験からは、教科情報必修化の影響は下記の二つでこれは今でも継続しているように考えています。
 [ア]前述の[1]で確認している事項については高等学校で“学習している”
 [イ]“学習している”経験はあるものの“習得できているわけではない”

ずっと成績データと履修前のアンケート調査を続けてみてわかったけど、高等学校ではちゃんと“教えている”のがわかるんですよ、情報処理機器の操作も、基本的な情報理論も。
でも、いかんせん(うちの?)大学入学時点で大半の学生が“習得できていない”んです。

他にもいろいろあるんですが。
(情報活用能力についても、ね)

まあ、そういうわけでどうしてもリメディアル的に科目設計を含めていかなければならなくなるわけですし、高等学校で教えてはいるけどこんだけ定着する前に忘れられてしまうのは現場の高等学校の先生もしんどくないかなと…そんなことを思いつつ、この数年仕事をしてきました。
パソコンの操作スキルが習得できるほど、大半の高校生にはパソコンが定着していないんだなと。極端な話をするとWordもExcelも習っているのに、科目上の時間の縛りで定着するほど時間をかけられていないこと、加えてそれを高校生自身が自分の日常生活の中で活用して展開していくことができていないし、できる要素が(大多数の場合)ないのだということを。

教員として、これ正直きついですよね。教えたのに、身につかない、スルーされちゃうっての。
一定のトレーニング時間を課すことで効率的に習得できる技能でもあるPC操作スキルが、トレーニング時間を十分かけられないまま暗記状態のような形で展開されたら、生徒たちだってきつい。

だからなのか、私が教えている女子学生の大半が言うんですよね。

「パソコンは苦手。パソコンはわかんない。パソコンは嫌い。」
「…でも、学ばないとダメだってみんなが言うから仕方がないからやります」

スマホ世代が話題になってますが、2006年から私はこの現象を観察してます。
で、私の答えは、『一定期間まずはいやでも(だまされたと思って)トレーニングしてほしい』です。

本当は主体的に学べるように動機づけに配慮して寄り添っていくのが良いのだと思います。
しかし、18歳時点でそれは厳しいなと。時間がない。
だから、もう私もなくなく上述の[2]を課しています。


で、話を今に戻します。

今、現職では幼児教育と初等教育課程の情報処理科目を担当しているわけですが(必修です)、これからの教育職に就く学生にとって、“子どもたちの学びの中にどうICTを組み入れていくか”“教育の情報化をどう担っていくか”が課題となっています。
自分たちの学びの中では、半ば強制的にトレーニングがされていたところがありますが、幼い子どもたちにとって、強制的なトレーニングという手法は環境構成としてとるべきではないとも言えます。まあ、すべてがNGというわけでもありませんが、“楽しく学んでいる”過程の中で“結果としてトレーニングとなっていた”という状況は起こりえるでしょうけれども。(子どもの学びは往々にしてそういう要素がありますね)
今の子どもたちの大半は、次の学習指導要領の環境下で学んでいきます。子どものころから学びの中にICT機器があり、操作を通じて学んでいく環境が出来上がって大学での学びをスタートさせるころには、私のこれまでの15年間の知見は役立たなくなるだろうと考えています。
その時は、もうすぐなような気がしていますので、仕事がなくならないように母は頑張らねばなりません(笑)。

#投稿遅れてスイマセンw(Googleサンタトラッカー眺めてて投稿忘れてたw)
posted by はなだせんせ at 00:19| 群馬 ☔| Comment(0) | 情報教育関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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